ヽ(´・肉・`)ノログ

How do we fighting without fighting?

おっさんになった僕が気をつけている2つのこと

以下のことについて,考えてみてもらいたい.

一つ一つは別に悪いことではないと思うのだけど,これが組み合わさるとよくない.

今 A と B がおり,A の方が立場が上だとしよう.

A は,ざっくばらんに B へ話しかける「ここもっとこうしなよ」.A は,もし異論があるなら B からの反論があることを期待している.

B は,自分より立場が上の A に「ここもっとこうしなよ」と言われると,自身の意見を強く持っていない限り,そうした方がいい気がしてくる.

その結果,もしかすると B のやりかたの方が適切だったかもしれないのに,A のやりかたへと変えてしまう.

1. 自分の考えと違うことが起きている場合,提案するのではなく尋ねる

こういうことが起こらないように,僕は以下のようにインタビュー形式で教えてもらっている.

A は B へ質問する「僕の知っている前提だと,ここはこうなっていた方がいいと思ったのだけど,今はそうなっていない.もしかしたら事情があるのかもしれないので,もしその事情を知っていたら教えてくれないか」.

B は A に質問されたので,答えたり,確かにそうですねと同意したり,むしろ今となってはこっちの方がいいのでは?と提案する.

うむ.これだとうまくいっているようにみえる.

2. レトリカル・クエスチョンを絶対に使わない

レトリカル・クエスチョンとは何か.結城さんのブログに詳しく載っている.

レトリカル・クエスチョン(修辞疑問)というのは「質問の形をしているけれど、実は質問の答えを求めているわけではない」という表現のことです

典型的な例として以下のようなものが挙げられている

上司「おいおい、明日がリリースだというのに、どうして新機能を入れようとするわけぇ?」

つまりレトリカル・クエスチョンとは,質問風の形式で質問以外の意図を込めた手法のこと.

これを多用してしまうと,レトリカル・クエスチョンを受けた方は「これは質問なのか?非難されているのか?」というのを毎回迷わせることになる.

尋ねるたびに受け手へと過度な負担を負わせたくない.

「この人は質問形式で,質問以外のことをしない人だな」と信用してもらい,気分よく回答してもらうためにも,僕はレトリカル・クエスチョンは絶対に使わない.